1 07 2020
【寄稿記事】卓見異見/クロスボーダーM&A

Kekst CNCアジア地域代表/日本最高責任者 ヨッヘン・レゲヴィー(2020年1月6日付け 日刊工業新聞)

日本、メディア活用に弱さ

2010年以降、日本企業によるM&A(合併・買収)の件数および金額ともに急速に増加している。18年度の日本企業による海外M&Aは件数ベースで770件、金額ベースで17兆円を上回り、5年連続で過去最高を記録した。しかし、大きな問題もある。日本企業はクロスボーダーM&Aの際のコミュニケーションが総じて不得手で、メディアの戦略的活用、また重要な利害関係者に対するコミュニケーションにおいて欧米企業に大きな後れをとっている。私が日々携わっている戦略的PRコンサルティングの経験から日本企業が戦略的なメディア活用に弱い背景的な理由を解説したい。

【手薄な広報、低いPR力】

まず、日本におけるメディアリレーションは、加盟メディアに同じ情報を同時発信する記者クラブ制度によってコントロールされている。そのため、日本経済新聞を除けば、海外と違い、特別なメディア戦略を講じる必要がない。

次に日本企業には広報の専門家が少ない。経済広報センターによると、日本企業の広報部長のうち62%は広報経験が5年未満であり、営業や総務など広報とは関係のない部門からの異動がほとんどだという。欧米企業と異なり、日本企業の多くは広報部門の責任者が直接最高経営責任者(CEO)に報告する組織体制ではない。つまり、広報部門が重要な経営戦略の意思決定プロセスに関与することはまれで、しかも戦略策定ではなく、実行部隊と位置づけられている。しかし実際は、複雑なM&Aでの広報には戦略的な思考とアクションが求められる。広報部が英語での業務遂行に苦戦するケースも多い。

【高値づかみ招くリスク】

このクロスボーダーM&Aにおける日本企業の弱点が、次の五つの問題につながっている。

日本企業のディール成功件数は比較的に少ない。日本企業は、ディールの成功を左右する重要な役割を担う労働組合や政治家などに個別にアプローチしないため攻めのPRをできず、競争相手に先んじて自社をアピールできていない。次に、日本企業が高値づかみしてしまうリスクが増す。公の場での自己アピールが苦手な日本企業は、非公開ディールを水面下で交渉したがる傾向がある。そのため、高価格な提示になりやすく、高いプレミアムを上乗せすることになりうる。

また、買収後に企業統合を成功させにくくなる。企業統合の成功には、PMI(合併・買収後の統合プロセス)における買収先企業の経営陣・従業員・顧客・取引先など、さまざまな利害関係者への積極的な情報発信が重要となる。しかし、多くの日本企業が買収先の経営や組織統合に干渉し過ぎないように気を配るあまり、このようなコミュニケーションが希薄になる傾向にある。

さらに買収後の統合に多くの時間を要する。社内の利害関係者は、新経営陣の話に耳を傾けるのはもちろんだが、それ以上に自国のメディア報道内容を信頼する。メディア報道というコミュニケーションチャネルを駆使して戦略的に従業員・取引先・顧客向けにメッセージを訴求しないため、統合までにより多くの時間がかかるケースが多い。

【戦略的情報発信がカギ】

最後に、せっかくの買収が企業価値向上に貢献しないことが挙げられる。クロスボーダーM&Aは企業の株価に大きな影響を与える。したがって市場にしっかりと説明することが非常に重要だ。しかし、日本企業ではこのような考え方は浸透しておらず、積極的にメディアを活用して市場に対する情報発信を行うには至っていない。

もちろん例外は存在する。海外M&A時にメディアを活用した戦略的な情報発信の必要性を感じる日本企業はここ数年で増えており、武田薬品工業や富士フイルムのように海外で大規模な買収を行う際にPRアドバイザーを使用する企業も増えている。これは、戦略的なメディア活用や情報発信が、クロスボーダーM&Aの成否を分けるからにほかならない。(次回は慶応義塾大学教授/デザイン塾主宰の松岡由幸氏です)

【略歴】96年独ケルン大経済学博士課程修了。ドイツ日本研究所副所長、三菱自動車コミュニケーション本部長を経て、04年からKekst CNCの日本最高責任者とアジア地域代表を兼務。ドイツ出身、54歳.

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